パーキンソン病との出逢い・・・沈静

 もし人間が自分自身の十年後の未来を見ることができ、そしてその結果が最悪のものであったなら、人間 は生きていく甲斐を無くし、自分を憎悪し、自身を抹殺してしまいたいと思うであろう。友の会に出席して 出会ったものは、私の将来へと続く道のすべてを打ち壊してしまった。絶望だけを突きつけながら「アイツ 」は幽玄薄明の隙間を縫って、しかも朧(おぼろ)を破って浮かびだすが如くに、その姿を顕(あらわ)に した「アイツ」の跳梁跋扈(ちょうりゅうばっこ)ぶりは凄まじく、取り憑いた人間に様々な型を作らせな がら、その存在を断固として誇示していた。振戦・仮面症・不随運動・突進現象・声帯異常等々、際立って 個性的に、各々がその症状を主張していた。ただ共通項として無道があり、一つの動作から次の動作に移る のに時間が掛かる。のろまというのが一大特徴である。今、私が目の前にしているのは魑魅魍魎(ちみもう りょう)、百鬼夜行の世界であり、避けることができない所である。しかも時の経過と共に私を待ち受けて いる場所でもある。「参った」と小声で呟くと、それを聞き咎めた家内もあとで、これほど衝撃を受けるな らば連れてこない方がよかったと思ったそうだ。

 私は息苦しくなり、まるで捕まえられた野鼠が脱出口を探すのと同じように助けを求め、必死になって部 屋中に目を走らせた。五年から十年の間に、遅かれ早かれ必ずやってくる自分の姿、しかも鏡に写したよう に寸分変わることがなく「アイツ」は体の中で成長し続けるのだ。落ち着け、とにかく落ち着けと、自らに いいきかせた。

 ふと気がつくと、色が白く背がスラッとした若い美人がお茶やお菓子を配っていた。また上品で感じの良 い婦人が例会をすばらしい口調でリードしていた。この二人とも難病なのか、若く、しかも女性の身で本当 に気の毒だなと思うと同時に、友の会も悪いことばかりではないなと、少し落ち着いた。ゾンビの烏天狗の 集団の中に鷺が美しく舞い降りたような人がいる。私は少し元気を取り戻した。

 自己紹介が始まった。ひとりが斎藤保健婦さん、いまひとりが鈴木光子さん、ご主人と二人三脚で友の会 を設立した創設者であった。要するに健康な方々で、早とちりの私は人に知られぬようにしながら、そっと 落胆したのである。

 初めての例会は滞りなく進み、無事に終わった。雑談の折、吾妻会長に質問をした。「肩と背中が痛いの ですが。」すると「私も痛いのですョ」と、答えが返ってきた。私はポカンとしてしまった。私の意識の中 には「大変ですね」と同情されるか、良い治療法[鍼・灸]の返答が来るものと思っていたからである。ま ったく同一視線上で病の話ができる。そして痛みを分かち合える。予期せぬことだけに、このことは後に大 いなる喜びに変わっていった。高木氏は便秘のことを黒板に腸の図を書き、体験を交えて私に説明をしてく れた。病の先輩として明かに後輩に対するメッセージである。

 新井氏には薬のことを丁寧に教えてもらった。「ここ十年の間に、新薬が多く開発されて、それゆえに患 者は好むと好まざるとにかかわらず、実験されていたような気がする。薬剤の使用方程式は、良い意味で完 成されたと思う。これからの十年は違った形の実験が始まるのではないか。」と予見を述べた。印南氏はダ ンディな方で、二十年に渡る難病との関わりを、初期の診断の困難さを交えて話された。長谷川氏は薬の副 作用と量の関係を伝えてくれた。特に中国系の医師にレモンを飲むように教えられ、実際に飲用すると震え の頻度が少なくなったと・・・。これは後に学術的にも証明された事でした。前述の鈴木さんは「小池さん この病気では死にませんよ。決して死ぬことはありませんよ」と、ご主人の症例を交えながら、何度も呪術 の如くに話されて、そのたびに私の心に染み込み、自然に安心感が涌き出てくるようになった。

 友の会は何故か私の心を惹いた。自問自答しながら例会に出て考え続け、一つの結論にたどりついた。彼 らはみんな病人で、体は「アイツ」に無惨に蝕まれているが、精神・心・思考は犯されることなく健全なん だと気がついたのである。

 身体は難病で治ることはないが、心は治そうと思えば、いくらでも癒す事ができるのである。心は「アイ ツ」を打ち倒し、勝利者になれるのです。「アイツ」に刃向かうその武器は、闊達で自由な気持ちです。病 を気にしない心です。このことはこれ以上説明はできません。例会に出席し、皆に直接触れあってもらわな くては分からない事なのです。ぜひ友の会に来て、体で感じてください。きっと今までと異なる新しい世界 が、貴方の前に広がるでしょう。

 さて、その間、私が生活の中で次第に落ち着いていったのを受けて、家内は兄弟姉妹を始めとして、親し い心の許される友人達にこの病を伝え始めた。私は反対したが、押し切って強引に進めた。「隠すのは嫌い です。野球でいえば直球だけを投げましょう。」
 そして、その結果がすぐに現れたのである。

1995/4