おまえらには笹針だぁ!
PART V

   〜 あなたには、笹針…かな? 〜


 大歓声の中、駿馬たちがゴールを駆け抜けた。
僕はかなりの配当をゲットした馬券を握り締め、予想通りだったレースの余韻に浸っていた。
 ふと見ると、すぐ僕の前に、悄然とうなだれている女性がいる。今にも崩れ落ちそうな感じだった。
僕は意を決してその女性に声をかけた。。
 「どうかしましたか? 気分でも悪いのですか?」
 彼女は大丈夫…と小さい声で答えたが、とても大丈夫そうには見えなかった。
そして、どうみても、競馬なんてするような人にも見えなかった。

 数分後、僕らは競馬場内の喫茶店にいた。
彼女は、小さい頃に父親を亡くし、母一人子一人の生活。それを証明するかのように、服装も地味だった。
そして、少し可愛かった。
事情があって、どうしても近いうちに母親の借金を返さなくてはならないと言う。
だから、友達に誘われて二・三度やったことのある競馬で…。
最後は涙声になり、小さな肩は震えていた。
話を聞き終えた僕は、黙って当たり馬券を差し出していた。
「少しだけど、何かの足しになれば…」
固辞していた彼女が、その当たり馬券を受け取るまでには、かなりの時間が必要だった。
別れ際、「何もお礼が出来ないから…」と、彼女は突然、その唇を僕の唇に押し当てた。
一瞬の出来事だった。
この瞬間、僕は馬券をあげたことを一生後悔しないと思った。

後日、友人にこのことを話すと、
「バ〜カ、んなの嘘に決まってんだろ! おまえは騙されたんだよ」と言う。
ほんとに、僕は騙されたんだろうか?
あの時の彼女の涙は、にせものだったんだろうか?
「ええい、あなたには、笹針だぁ!」っていう話なのだろうか?

        遠い遠い、遥か昔の青春時代のことである。