2_4.長男にマッサージを教わる
 寒さも和らぎ、先日胸に詰まっている物を吐き出し、また次男が高校を卒業し、お店を手伝うようになったので、精神的にも楽になったのだろうか、妻の病状は少し良くなったような気がしました。

 突然ドドドドドとバイク(七半)の音がし、次男が急に飛び出し大きな声で話し始めました。久し振り兄弟二人が会ったので、話が尽きないのだろう。30分ほどして、やっと「ただ今、アレッお母さん、今日は調子が良いじゃない」「うん相変わらずよ。急に帰って来たから驚いた」。長男が前触れもなく、千葉の大学から半年振りに来たので、急に家の中が賑やかになりました。

 発病して12年もたつと、子供達も母の顔を見ただけで、その日の体調が分かるようになり、何かと気遣うようになりました。挨拶もそこそこに、子供達はもう話に夢中。この二人は親が見ても、おかしいほど兄弟仲が良く、世間で羨むほどで、まあ変わった兄弟なんでしょうか。

 大学は後一年、二人とも社会人になれば経済的、精神的にも大変楽になることでしょう。

 長男が帰郷中のある日「お父さん明日定休日だね」「うんそうだよ。何処かドライブでも付き合うか」「ドライブじゃない。学校に帰ると、また暫く帰って来られないから、政春と三人で飲みに行かない」「ああそれは良い。お前に誘われるとは思わなかった。今日は早仕舞いして行こう。場所はお父さんに任せろ」。親子三人で杯を酌み交わすなど、親として最高の幸せです。夕方からは仕事もそこそこに、三人そろって出かけました。

 近くの寿司屋さんに行き、先ずはビールを三本開けたら長男が「お父さんお腹が空いているんだけど、お寿司食べていい」「ああいいとも。ご主人にぎりお願いします」。今度はお酒にしてもらい、暫くは学校の近況などを聞き、また卒業後の進路などを話しました。兄弟二人共、考え方がしっかりしているのには驚かされました。こんな親にどうしてこんな子が出来たのかと、行く末が少し楽しみです。

 次男は寿司を一人前、長男は私の分までぺロッと平らげ「やっとお腹が落ち着いた」などと言ってまた飲み始めました。「まだ時間が早いから、お父さんの友達のスナックにでも行ってみるか」という事で、タクシーでスナックに行き、飲んだり食べたり歌ったりして、大いに楽しみました。歌の歌詞で『お前が二十歳になったら酒場で二人で飲みたいものだ』とあるが、よく、その気持ちがわかります。

 ところが明くる日が大変でした。二日酔いで頭がガンガン割れるように痛く、とうとう夕方まで起きられませんでしたが、親子で飲む酒は美味しく、また心を和らげてくれました。

 長男が帰る日の事でした。妻が何時ものように、首の硬直、足指の変形が始まり「痛い痛い。また変になっちゃった」と私の顔を見て苦しそうにします。長男がそれを見ていて「お母さん大分苦しそうだね。ちょっと僕が見てやる」と言い、そっと寝かしマッサージを始めました。

 「お父さん、これでは痛い訳だ。ここを触ってごらん。パンパンになっているだろう。お父さんも経験があると思うけど、こむら返りと同じ症状だよ。これは筋が詰まっているのだから、柔らかくして元に戻してやらなければ、痛くてどうしようもないよ」「ああ本当だ。こんなに固くなっているとは思わなかった。何時も指先だけを揉みほぐしていれば良いと思っていた」「僕は4年生になるから、もうやらないけど、今までは先輩がいたから、毎日毎日先輩のこむら返りを治したり、全身のマッサージをして来たから、もう慣れたもんだよ。それに専攻が人体学だから、ある程度は、どうしてこんな症状が出るのか分かるような気がする。僕が知ってる限り教えて行くから、毎日やった方がいいよ」と言い、私にこむら返しの治し方、首の硬直のマッサージ、また本人にやらせる軽い体操などを教え、忙しく学校に帰って行きました。

 その後は、朝に夕にストレッチ体操をやらせたり、マッサージをしてやったりして、体を柔らかく柔らかくと心掛け、妻と一体となって病気が進まぬようにと一生懸命頑張って来ました。